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大人の味のクレームブリュレ

我々がフランスへ修業の旅に出掛けたのは、思い起こせば30年以上も前のこと。気持ちだけはあの頃と変わっていないのに、いたずらに月日はたっぷりと流れてしまいました。


記憶力だけは自信のある私です。当時、フランスで「甘草」(日本では「リコリス」とい

うとピンと来るみたいです)の風味をつけたクレームブリュレが流行っていたと思うのですが、シェフ金子に確認してみると、「そうだったかな? 俺、知らねえ」と 言われてしまいました。一事が万事、この調子です。


「記憶の智恵美」を自負する私の記憶が正しければ、クレームブリュレ大好き人間のシェフ金子、「これにリカール(甘草とアニス風味のリキュール)を加えたら、ちょっと大人の味になる」とかブツブツ言いながら食べていた光景が思い浮かびます。というわけで、サン ル スーでは開店当初から「甘草とリカール風味のクレームブリュレ」をメニューに載せていました。


フランス料理店で食事をする時、メニューにあれば、もれなくクレームブリュレを注文するシェフ金子。「これにアイスクリームがのってると嬉しいんだけど」といつも言っていました。よって、サン ル スーのクレームブリュレには、定番である「フランジェリコ風味の牛乳のアイスクリーム」がポンとのっています。



あるお客様は「これをちびちび食べながら、マール(ぶどうの絞りカスのブランデー)を飲むのがたまらない!」と、必ずマールをお供に美味しそうに召し上がっていて、「なんか、カッコいいな」といつも思っていました。


このクレームブリュレ、その方がお客様も喜ぶかな?と、時々味を変えてみたりしていました。アールグレイ風味だったり、プラリネ風味だったり。


2年程前、あるお馴染みのお客様から「ピスタチオのクレームブリュレが忘れられないから、今度お願い!」と、全く私には覚えのないことを言われました。


「ピスタチオでやったことはありませんよ。他のお店じゃないですか?」と言ったものの、サン ル スーで食べたと言い張る自信満々のお客様の顔を見ると、どうやらピスタチオ味、存在していたらしく、「記憶の智恵美」も全くアテになりません。


シェフ金子に聞いてみると、「そうだったかな? 俺、知らねえ。 でも、ちょっとだけやったことがあるような気がしてきた」と、こっちはもっとアテになりません。


ある時、どういうわけか小豆がたくさんあったので、その消費を目的にクレームブリュレに小豆を入れたところ、お客様の評判が大変よろしい。ある男性のお客様は、毎回1つ追加して2人前食べるのがならわしで、「クレームブリュレは小豆じゃなくちゃダメだよ」と、帰り際に必ず念を押していらっしゃいました。


小豆入りのクレームブリュレ、どうも男性にお好きな方が多いようで、「なるほど、 日本男子は小豆が好きなのか...」としみじみ思ったものです。小豆のクレームブリュレ、しばらく続いておりました。


シェフ金子に言わせると「俺にとって、小豆のクレームブリュレって “最中” なんだよね」とのこと。 どうでもいい内容なので「それがどうかしたの?」と言ってしまいました。


去年あたりからシェフ金子が突如として、クレームブリュレをサン ル スーの出発点である「甘草とリカール風味のクレームブリュレ」に戻しました。


いったい彼の中で何が起きたのか?「何故、最初のブリュレに戻したの?」と聞いてみたところ、「別に」とか、有名女優みたいなことを言っています。 


あまりにもそっけない返事にがっかりしていると、「あ!思い出した! ほら、この前伊勢丹に行った時に、食品売り場で『甘草』を見つけたからだ!」 と、もっとつまらないことを言っています。


「原点に戻ろうと思って…」とか、もうちょっと立派な答えを期待していたのに、本当に残念で仕方がありません。


でも、開店当初から通ってくださっているお客様が「懐かしい!」と喜んでくださるので、ま、よしとしますか!

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