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南仏バンドールの厨房で

夫婦2人でフランスへ修業の旅に出たのは、お店を持つ前、1990年代の初めのこと。最初に行った修業先は、南仏の辛口ロゼワインで有名なバンドールという小さなコミューンでした。


バンドールに着いた時に見た青い空と海の美しさに心底感動し、これから始まる修業の旅の道中、何が起きるのか本当にワクワクしたものです。


紹介されて行った修業先のホテルレストランに意気揚々と到着した途端、さっそく事件が起きました。



「?」

なんとなく、我々が想像していたようなレストランぽくない……。


スタッフの一人が「シェフ!」と呼んでいます。どこにこの店のシェフがいるのかと見渡すと、皆の視線が注がれているのは、なんと到着したばかりのうちのシェフ金子でした。「大変なことになった」と思いました。


館内を案内してもらうと、そこはレストランというよりむしろ「海の家」。厨房に入れば、とてもプロの料理人が使うものとは思えず、「全く、どうしたらこんなに汚くできるんだろう?」という有様。


ブツブツ言いながら、2人で厨房の大掃除から始めました。素人ながらこのレストランの料理を作っていたホテルレストランのオーナー(アラン・ドロンにちょっと似たイケメンでした)が「Bonne idee!(いい考えだね!)」と我々に向かって親指を立てています。


「何がいいね!だ。冗談は顔だけにしてもらいたいよね!」日本語が通じないのをいいことに言いたい放題、プンプン怒りながら、厨房をピカピカに磨きあげました。


そんなとんでもないスタートでしたが、バンドールは今でも大好きな思い出深い場所です。でも我々に与えられた修業のための時間はとても限られていて、わずかな期間でこの地を去ることになりました。


しかしながら、自分たちの全財産と全人生を賭けて、清水の舞台から飛び降りる覚悟ではるばる遠い国フランスにやって来たのですから、手ぶらでバンドールを離れるような、ヤワな我々ではありません。


バンドールでの修業期間がサンルスーにもたらした、ある一皿のお話に続きます。

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