我々が30年ほど前に赴いた修業の地の一つは、フランスのロワール地方の、それはそれはすごい田舎でした。働いていたのは、いわゆるシャトーレストラン(昔のお城を改装してホテルレストランにしたもの)です。
こちらは繁忙期と閑散期の差が激しく、閑散期には何ともゴージャスな客室を住まいとさせてもらっていたのですが、繁忙期になると宿泊のお客様のために部屋を明け渡すことになります。
このシャトーレストランの支配人とシェフが借りていた家が数km離れたところにあり、広大な土地を持つこちらの大家さんがバカンス用に使っていたキャンピングカー(!)が、我々の仮住まいとなりました。
フランスではバカンスにキャンピングカーで大移動する人が多いのも、修業中に知ったことです。我々、30年以上も前に今流行りの「車中泊」を経験したことになります。
そのキャンピングカーにトイレの設備はなく、トイレは遥かずっと遠くにあって、夜中にトイレに行きたくなると、そこまで行くのが面倒でたまりません。よって、キャンピングカーの近くのある場所を勝手に「トワレット」と名付け、真っ暗で怖いので、交代で用を足すことになりました。
すると、ピカッと光る2つの丸い光! ビクッとして足していた用も途中で止まってしまいます。我々の横着な行動は、しっかりと鹿に目撃されていたのでした。
またある夜中には、キャンピングカーの外に誰かいる気配! 本当に心臓が止まるほどの恐怖を感じながら息をひそめていると、何だか激しい息づかい。ますます怖くなって恐る恐る窓から覗いてみると、その正体は、大家さんが飼っていた馬でした。
このお馬さん、真っ暗な中にポツンと灯りがついていたので、何なのかと覗きにきたらしいのです。今だったらまっぴらごめんですが、当時の我々は若かったので、こんな経験も今となっては楽しい思い出です。
朝になって広い敷地を歩いていると、大家さんがエスカルゴを捕まえてカゴに入れていました。マッシュルームやら何やら、いろんなキノコが生えていて、大家さんが食べられるものと食べられないものをゆっくりていねいに説明してくれるのですが、「ほうー、なるほど」とわかったフリをしながらも、我々にはどれもおいしそうなキノコに見えて、違いがさっぱりわかりませんでした。
あの頃は、ど田舎のひたすら不便な暮らしがつまらなくて仕方がなく、気持ちはいつも華やかなパリに向いていました。ましてやお風呂もトイレもないキャンピングカーでの生活。いつもブツブツ文句を言い合ったものです。「俺、キャンピングカーって、ダイッキライ!」と言い放っていた、若き日のシェフ金子。
その後、日本に帰ってからしばらくして、訪れた軽井沢に図らずもロワールを思わせる雰囲気を見つけることになり、以来軽井沢は、あんなに退屈だと思っていたロワールでの生活を思い出しては癒される、大切な場所となりました。
そして何より、まさか30年以上も経った今、シェフ金子がキャンプに夢中になり、「キャンピングカー欲しいな」なんて、冗談は顔だけにして欲しいことを言うことになるとは、当時は想像もできませんでした。全くもって、人生ってわからないものです。
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