「チーズ、どうしよう?」
今悩んでいるのは、もっぱらチーズ問題です。
ほぼすべてのものが値上がりしている中、チーズの値上がり幅の大きさといったら尋常ではありません。その価格はおそらく数年前の1.5倍を軽く超えています。値上げの帝王と呼ばせていただいております。
もともと、チーズを置くのは採算の取りにくいことではありました。
でも、フランスで訪れたレストランのワゴンで運ばれてくる見事なチーズの顔ぶれに心底感動したこと、働いていたレストランのまかないに必ずワインとともにその土地のチーズが出て、それをパンに塗っておいしそうに食べていたフランス人の姿が忘れられません。
ワイン、パン、チーズ。この3つがフランス人にとってどんなに大切か、目の当たりにしてきました。よく、チーズはフランス人にとって、日本人の漬物のような位置付けだと表現されますが、もう30年以上前のことながら、私の経験した感覚では、フランス人にとってのチーズは、日本人の漬物より、もっとずっとずっと大切なもののように感じました。
この経験から、サンルスーはオープン当初から、採算度外視のやせがまんのチーズプレートをずっと置いてきました。
異業種ながら同じ飲食店を営むおなじみのお客様が、こうおっしゃっていました。「店で出すものは、利益の出にくい、原価率の高いものと、手間をかけて利益のちゃんと出る、原価率の低いものでなんとか均衡を保ってきたけど、すべてが異常なほどに値上がりしてるから、バランスの取りようがない」。
まったく同感で、高すぎるチーズの原価率を穴埋めしてくれるものが見つかりません。今の私には、チーズとお荷物がイコールで結ばれるようになってしまいました。
今、日本のフランス料理店でもチーズを置かない店が増えています。これはズバリ、ロスが出やすく、採算が合わないからです。また、日本ではワインのつまみ的な感覚が強いのか、メインディッシュを食べた後にチーズ、という習慣がつきにくいようで、前菜としてチーズを置いている店もあります。「ちょっと違う」と感じながらも「無駄になるよりマシか、仕方がないのかなぁ」と思います。
あまりのチーズ代の高さに、「もう無理! チーズ置くのやめようかな?」とシェフ金子に相談すると、「あんたがそれで納得するならそうすればいい」……聞くだけ無駄でした。
そんな時、あるテーブルのチーズ好きのお客様が、キラキラした目でチーズ選びを楽しんでいらっしゃいました。すると、もう食事が終わってコーヒーを飲んでいた隣のお客様が「うわー、すごーい!」とおっしゃる。
「あら、チーズ食べたことないの? サンルスーに来たらね、チーズを食べなくちゃダメダメ!」と、言ってはならないことをおっしゃるそのお客様。「Iさん、もうチーズやめようと決心したんだから、そんなこと言わないでーっ!」と、心の中で絶叫する私。「次回はチーズにする!」と誓いを立てる隣のお客様……。
チーズって、経営面では確かにマイナスだけど、我々にとって、とても勉強になるものです。料理以外でも、こんなにも心を豊かにしてくれるものか、と思える存在です。
サンルスーは皆チーズ好き、毎週仕入れるから必ず出るハンパなチーズを喜んで大切に持って帰るスタッフもいるし、凝り性のスーシェフ香田に至っては、かつてチーズプロフェッショナルの検定試験を受けたほど(結果は……ふふ)。
「フランス料理にはやっぱり、なくてはならない大切もの、なんじゃねえの?」と、遠回しに私の決心を揺るがすシェフ金子。
よって、どこまで粘れるかわからないけれど、とにかく今現在、やせがまんのチーズ、なんとか健在です!
赤ワインとチーズは明日を生きる活力です!