バンドールは、世界中の人が憧れるフランスのリゾート地コートダジュールにあり、そこにいるだけで幸せな気持ちになれる場所でした。
夜、仕事が終わってからスタッフの皆で海辺のカフェに繰り出し、お酒を飲んでいると、ジプシーたちが当時流行っていたジプシー・キングスの音楽を奏でていて、それはそれは感動したものです。まるで夢のような光景でした。
ところが、夜が明けると残念な現実が待っていて、これこそ夢であってほしいと思いました。
修業先として赴いたレストランのメニューは、はっきり言って素人丸出しの料理。完全に面食らいましたが、そこのオーナーが作る料理で「いいな!」と思うものが2つありました。「クスクス」と「シェーブル(山羊チーズ)のサラダ」です。
我々もそれまで、よくあるシェーブルのサラダをいろんなお店で食べてきましたが、なんとなくピンときませんでした。しかしこのサラダは本当においしくて、アラン・ドロン似のオーナーを見直したものです。
「サラド・ド・シェーブル」は、今やサンルスーの定番中の定番メニューで、実はファンの多い料理。前菜にこれしか選ばないお客様が何人もいらっしゃる不思議なサラダです。
オーナーが作っていたのは工場製のシェーブルを使ったやや野暮ったいものでしたが、サンルスーでは極上のシェーブルを使用し、シェフ金子の料理人の小技を効かせて、洗練された一皿に完成させました。
数種類のサラダ野菜の上に、アーモンドの衣をまとったシェーブルをカリッと焼いてポンとのせ、こんがり焼いたベーコンを脂ごとジュッとかけたものです。技術的にはなんてことはないのですが、材料を揃える手間を考えると、なかなか家庭では再現の難しい一品です。
「俺じゃなくてもできる」ものを店のメニューになかなか載せたがらないシェフ金子が、よくサンルスーの定番にしたな、と不思議に思いましたが、「これは本当に好き」なんだそう。わりと単純な答えでした。
毎回ご来店のたびにこのサラダをご注文なさるあるお客様は、初めてこのサラダを召し上がったとき、「こしゃくなサラダ」と表現されました。私の中でも、その表現はなぜかとてもしっくりきたものです。
バンドールでは修業どころではなく散々な目にも遭いましたが、このサラダをいただいたことを思うと、今でも我々はどちらの方向にあるかわからないバンドールに、足を向けて寝られないのです。
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