世界中がコロナに振り回されてもう1年以上。あるお客様に「この1年で何が変わりましたか?」と伺うと、悲痛な叫びのような答えが返ってきました。「私、もうずーっと生中(生ビールの中ジョッキ)を飲んでない!」…確かにおいしい生中、飲んでません。何と言っても、お店でお酒が飲めないのですから。
30年ほど前、夫婦2人でフランスへ修業の旅に出て、南仏バンドールの次に行った修業先は、フランス北部、ベルギーとの国境沿いのリールという工業都市でした。「海の家」(詳細はこちらの記事参照)から一転、今度は二ツ星のレストランです。
陽気で明るい南仏からいきなり北へ行ったので、そのどんよりとした街の暗い雰囲気に、また二ツ星のレストランで働くという震えるようなプレッシャーに、ついでに我々もなんだか暗い気持ちになったものです。そのレストランは南仏の「海の家」とは天と地ほども違い、厨房はピカピカで、掃除の仕方から何から、その完璧さには舌を巻きました。
ベルギーとの国境沿いであることから、リールはフランスでは珍しく、ビールをたくさん消費する土地でした。フランスではレストランスタッフのまかないに必ずワインがつきますが、このレストランでは生ビールでした。フランスでおいしいビールに出会うのはとても難しいのに、この生ビールがおいしいのなんのって!
このレストランは地下室がまるごとチャンバー(冷蔵庫になった部屋)で、生ビールのサーバーもありました。地下に食材を取りに行くと、先に来ていた修業中の身のシェフ金子に出くわします。2人揃ったところで、あうんの呼吸で片方を見張りにつけ、この生ビールを交替でこっそり飲みました。「リールって暗いところだけど、ビールだけは最高だね!」とか言いながら、何食わぬ顔で厨房に戻ったものです。
ビールと言えばもう1つ、お店を持ってから南仏を旅行した際、どうしてもイタリア本場のパスタとエスプレッソを堪能したくて、近くのサンレモに行ったときのこと。いい感じのピッツェリアに行くと、テラス席で皆がおいしそうに大ジョッキの生ビールを飲んでいます。フランスではなかなか出会えないおいしいビール、迷わず我々もその大ジョッキを注文。
お店のギャルソン(イタリアなのでカメリエーレでしょうか)が「えーっ? 大?」とやたらに驚きます。「イタリア人っていちいち大げさだよね。私たち完全になめられてるよね」とちょっとムッとしながら「もちろん!」と念押ししました。
そして運ばれてきたビールは、ピッチャーかバケツかと思うほどの超特大生ビール! 周囲がザワザワし始め「おーっ!」とか言いながら皆が我々を見ています。皆が飲んでいたのは大ジョッキではなく、中ジョッキだったのです。
「ふん! 絶対に負けない!」と、いったい何に負けたくないのかわかりませんが、がんばって2人とも大ジョッキを飲み干しました。重すぎて、片手では到底持てない巨大なビールでした。ビールを飲むことで精一杯で、ピッツァの味なんて全く覚えていません。外国に行ったら生ビールのサイズに要注意!を実感した出来事でした。
お店で飲む生ビールはまだまだ望めない現状ですが、一日も早くお店でおいしいものを食べながら、キンキンに冷えた「生中」を飲みたいものです。
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