シェフ金子、車が大好きです。これは世代的なものかもしれませんが、シェフ金子が経てきた時代は、車を持つのがステイタスみたいなところがありました。最近の堅実な若者の車離れを思うと、ちょっと考えられません。
1990年代初め、フランスへ修業の旅に出たとき、働いていた2つ星のレストランの女性シェフが、颯爽とポルシェに乗って市場へ買い出しに行くのを見て、いつもその荷物を片付けながらシェフ金子、「カッコいいな、俺もいつかは自分の乗りたい車に乗って買い出しに行きたい! ただの憧れで終わるんじゃなくて実現する!」と心に誓ったのだそうです。
シェフ金子にとっては、自分の好きな車に乗って買い出しに行くのが、どうやら成功のバロメーターだったようで、この話は幾度となく聞かされました。ただ、いつも同じ光景を見ていたのに車に全く興味のない私には、はっきり言って「これがそんなにカッコいいことかな? なんてちっぽけな夢なんだろう?」と思え、ただあきれることしかできませんでした。
1995年にサンルスーをオープンしてから数年経って、買い出しのために車が必要となり、年季の入った中古車を手に入れました。そこから始まり、今のシェフ金子の愛車は6台目です。この6台目君に、私は腰を抜かすほどの思いをさせられました。
3年前、還暦を迎えるシェフ金子へ、私なりに赤いちゃんちゃんこならぬ何かをお祝いに、といろいろ思案しておりました。が、その少し前から、シェフ金子の行動が何かいつもと違います。
日頃電話なんてほとんどしないのに、誰かとしきりに長々と話す。お店が休みの日は必ず店で仕込みをするのですが、店に電話をかけても出ない。とどめに、普段は全く興味を示さない銀行通帳をしげしげと見たりしている。
「この人、何か怪しいな」と思っていたある日、我が家の小さな駐車場を見たらナント! 車が変わっています。「コレ、ナニ?」怒りを抑えつつ尋ねてみると、嬉々として「俺の還暦祝い!」
そして、「俺、なーんっにもいらない! この車があれば!」と、さらに不可解なことを言い出します。
いらないに決まっています。私がシェフ金子の還暦祝いのために立てた予算の数十倍の金額です。このときほど「男ってなんてバカでおろかでダメな生き物なんだろう?」と思ったことはありません。
本人が何もいらないと言うので、女系一族である私の親族の女子達が企画してくれていた「還暦祝いパーティー」は、私が全身からあふれ出る怒りをもって、丁重にお断りさせていただきました。
その後、コロナ禍という未曾有の事態が降りかかってきて、我々はエラい目に遭うことになるわけですが、「コロナ前に買っといてよかったな」と、6台目君を眺めてうっとりするシェフ金子。
頭金さえ払えばこっちのモノ、というその態度、その後のローン返済のやりくりはこの私の仕事です。「この人、店の一大事だというのに何も考えてないな」と憤懣やる方ない私。この世は悩みのない能天気な人の勝ちなのでしょうか?
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